中国「紀州へら竿」の紹介用冊子「紀州」の文字を切り抜いて商標出願

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産経新聞 12月1日(土)11時4分配信


 日本の地域ブランドが中国などで知らない間に商標出願される問題が相次ぐ中、今度は和歌山県の旧地名「紀州」が標的になった。ヘラブナ釣りファンにはおなじみといってもいい、同県橋本市特産の伝統工芸品「紀州へら竿」の紹介用冊子のロゴから「紀州」の文字を切り抜いて商標出願したとみられている。登録を許してしまうと、無関係の竿まで「紀州」の名前が使われ、ブランドに大きなダメージを与えかねない。「とんでもない国。われわれはずっと見張っている」。県知事も中国側の“暴挙”に怒り心頭で、県は11月5日、中国商標局に異議申し立てを行い、権利の保護に動き始めた。ただ、この「闘い」は長くかかりそうだ。(藤崎真生)

 ■「不穏」なメールから

 「やっぱり…」

 和歌山県食品流通課職員のパソコンに、民間の調査会社からメールで連絡があったのは今年9月中旬。基本的には月1回のペースで定期的に報告されるが、「何か」を見つけた場合はその都度連絡が入ってくる仕組みになっている。定例のメールでないとすれば、どう考えても「何かがあったに違いない」。担当職員の予想は、当たっていた。

 受信したA4サイズ2枚分の報告書には、中国・香港の「日本名人株式会社(香港)有限公司」が昨年9月に「紀州」の文字を使って釣り竿や運動用具などの分野で商標出願し、今年8月6日に公告されたことが記されていた。

 商標登録されてしまうと、日本の企業が「紀州」の文字を入れて何らかの商品を中国で売った場合、中国の企業から「うちが最初に商標登録していた」として訴訟になりかねない。こうした事態を防ぐため、和歌山県は平成22年1月から民間企業に委託して中国と台湾を対象に「紀州」や「和歌山」で商標出願をしていないか監視を続けてきた。これまで審査中を含め3件の異議申し立てを行っている。

 背景には和歌山県が、農林水産物や食品などの知的財産面での保護強化を目指し、21年に農林水産省が立ち上げた全国組織「農林水産知的財産保護コンソーシアム」の会員だったことがあった。そうしたことから、食品とは直接関係ない分野でも食品流通課が監視を担っていたわけだ。

 その後、食品流通課から転送されたメールの画像を手がかりに、担当の和歌山県産業技術政策課は、文字の出所を調べ始めた。一見、何かの商品ロゴのようにも見えた「紀州」の文字。職員がわずかな手がかりから和歌山県内の商工会議所などに「紀州の名前が入った団体はありませんか?」などと問い合わせたところ、2週間ほどで、“正体”を突き止めた。

 「紀州」の文字は、和歌山県北部の橋本市にある約45人の製竿師(せいかんし)でつくる「紀州製竿組合」が作ったパンフレットのタイトル文字に酷似していた。明治時代から続く伝統工芸品として知られる竹製の「紀州へら竿」が、問題に巻き込まれていたことが確認された瞬間だった。

 ■紀州だけの問題ではない

 「まずいなぁ…。和歌山県庁の人から話を聞いたとき、そう感じました」

 壁には材料の竹、畳には作製中の竿が並べられている。橋本市内の工房の中で紀州製竿組合の田中和仁組合長(44)は静かに振り返った。

 田中組合長には、苦い思い出があった。過去に中国で開催された釣り関係の国際見本市を訪れた際、商標出願とは違うが、デザインや銘まで、紀州へら竿がコピーされたケースがあった。当時、紀州製竿組合は中国にどうやって法的に対抗すればいいのか、わからなかったという。

 今回、パンフレットのロゴの一部が商標出願された可能性が極めて高い「紀州へら竿」は、ヘラブナ釣り愛好家には「あこがれの品」ともいえる高品質の竿で、明治時代から続く歴史を誇る。

 「第2次世界大戦で史料が焼失したため、本当はもっと歴史があるんじゃないかという説もあります」と田中組合長は付け加える。

 材料の竹取りから完成まで1人の職人が約1年がかりで仕上げる。しなやかさと頑丈さを兼ね備え、1本約5万円から、高いものでは約80万円の値がつくという。

 そんな高品質の竿には根強いファンが多く、職人の個性が加わるため、1本とて同じ竿はないことも魅力の一つだ。ユーザーにとって「この池には小さい魚しかいないから、小さめの竿を使おう」、「おれは、この竿の曲がり具合が好きなんだよ」と竿選びで無限の楽しみ方ができるという。

 田中組合長によると、紀州へら竿の顧客は関西よりもヘラブナ釣り文化が盛んとされる関東地方や中部地方などに多い。中国との取引は「微々たるもの」だという。田中組合長は「愛好家にとって紀州へら竿は『あこがれの的』ということを中国側は知っていた。その点を狙われたんだと思います」と説明する。

 今回の問題について、田中組合長は危惧していることがある。

 「商標出願されたのは『紀州』という地名部分の文字だけだが、よく考えるとへら竿だけじゃなく、カーボン製の竿など色々な竿にこの商標が使われるのではないか」

 商標出願した会社が釣り具を扱っているとみられるだけに可能性のある話だ。釣り竿はもちろん針をはじめ、釣りに関するさまざまな品物まで問題は波及するかもしれない…。

 「そうなると、決して紀州へら竿だけの問題ではなくなると思う」

 田中組合長は語気を強める。

 ■待つだけではだめだ

 中国や台湾での商標検索や法的対応措置に関するマニュアルを作るなど、一連の問題対策に取り組む特許庁国際課によると、中国での商標出願をめぐる問題は以前から起きている。中には、ある日本人が中国人に名刺を渡したところ、デザインされていた会社のロゴが、知らない間に商標出願されていたケースもあったという。

 異議申し立てをすれば、結果が出るまで約2年はかかることを踏まえ、特許庁国際課は「出願されたからといって、権利を中国側に取られるのではない。異議申し立てを行い、あくまでも中国の法律に乗っ取って解決するしかない」と説明し、冷静な対応を求める。

 また、和歌山県産業技術政策課は「監視で見つかり対応できた、ということは私たちのやっていたことが間違いではなかったということを示す証拠」と強調する。

 地方自治体による異議申し立ては、和歌山県だけではない。「青森」が平成19年12月に「果物・野菜・水産物・肉等」の分野で、「鹿児島」が23年11月、「広告等」の分野で異議申し立てが認められたほか、「秋田」や「佐賀」でも同様のケースがある。国内の商標法では地名は原則登録できないとされているが、地方自治体の名称が中国で「一般に知られた地名」と認められるケースは増加傾向にあるとされるが、安心できる状況ではないのは確かだろう。

 今後も中国で勝手に商標出願されるケースが続く恐れがある。さらに、異議申し立ては、1件あたり約50万円と決して安くはない金額が必要なため、コスト面での課題も残る。

 この問題については、仁坂吉伸和歌山県知事も怒りを隠さない。11月中旬の定例会見で報道陣に問題のロゴがプリントされた資料を見せながら「こんなことでもうけようとする人が跋扈(ばっこ)しているなんて、とんでもない国。われわれはずっと見張っているので見つけたら片っ端から異議申し立てをしていく。コストはかかりますけどね。非常に不愉快だ」と語った。

 田中組合長も、ただ審査の結果が出るのを待っているわけではない。先手を打って中国商標局に「紀州へら竿」を商標登録することを考えている。具体的にどう進めていくかは検討中だが、田中組合長は「待っているだけではだめだ。何とかこちらから攻めていかなければ」と話す。

 結果が出るまで数年はかかる今回の問題。「紀州」のブランドを守るため、中国の「不届き者」を相手にした製竿組合と和歌山県の闘いは続いていく。

個人の意見

 世界へ、楽しい「ヘラブナ釣り」を広めたいとは思うのだが・・・。
やはり、そういうことになるんだな。