利根川でナマズを釣りながら
STORYS.JP 6月19日(木)22時30分配信
先日、「三畳一間のアパートで元ヤクザ幹部に教わった、『◯◯がない仕事だけはしたらあかん』という話」の記事が多くの方に読まれ反響を呼んだ。
23歳で鬱病、寝たきりとなり、企業で働けなくなった一人の男性の物語の一つだ。この男性(阪口裕樹さん)は、世界を自由に旅するという夢を叶えるため、鬱病で寝たきりとなって全てを失った0の状態から這い上がり、2年後PC一台で世界を旅しながら仕事をするというライフスタイルを確立する。そんな阪口さんの生き方はSTORYS.JPで多数の人の心を動かし、彼の物語は晴れて「鬱病で半年間寝たきりだった僕が、PC一台で世界を飛び回るようになった話」というタイトルで書籍化されるまでに至った。
先日の記事、「三畳一間のアパートで元ヤクザ幹部に教わった、『◯◯がない仕事だけはしたらあかん』という話」では、彼が0から動き出し、仕事を始めた頃の話を紹介した。今回は、少し時を遡り、彼が鬱病で人生の道に迷っていた頃、夕方利根川の桟橋で目的もなく何時間も座っていた時に出会ったある釣り人との出会いの物語を紹介する。
薬でボケた頭と身体をベットに沈ませる日々。
2010年、23歳の夏の終わり。
薬でボケた頭と重い身体を引きずりながら、僕は無気力な毎日を過ごしていた。
薬でボケた頭と重い身体を引きずりながら、僕は無気力な毎日を過ごしていた。
鬱病で仕事を辞め、夢を諦め、恋人にもフラれ、自暴自棄になったのがその3ヶ月前。
夏が過ぎると、少しずつ身体が動くようになり、夕方気温が下がってから、外を出歩くことができるようになった。
僕の実家は千葉と茨城のちょうど県境にあり、自転車で10分も走らせれば利根川に出ることができる。
利根川の河川敷は人気がなく、土を固めただけのすすき野原に囲まれた小道を抜けると、古ぼけた桟橋に出ることができた。その桟橋に座って、何時間も呆けて何も考えずに座っていた。
利根川の河川敷は人気がなく、土を固めただけのすすき野原に囲まれた小道を抜けると、古ぼけた桟橋に出ることができた。その桟橋に座って、何時間も呆けて何も考えずに座っていた。
人との繋がりを完全に絶っていた僕は、もう何ヶ月も、家族と医者以外の人と話をしてなかった。
人に会うのは怖かった。誰かと言葉を交わすことを考えただけで目眩がした。情けないこんな自分の姿を、誰かの目に晒したくなかった。
だからその日――その桟橋で、とある石油会社の重役と肩を並べて釣りをすることになろうなんて、まったく想像もできないことだったのだ。
釣り、してもいいかい?
夕方、いつものように桟橋に座ってぼおっとしていると、すすきに覆われた小道を掻き分けて、一台のバンがやってきた。
車が来るのは珍しかったが、いつものように素通りしていくだろう。そう思った時には、バンは桟橋の真後ろで止まって、運転席からおっちゃんが現れた。背後を塞がれた。逃げられない。身体が硬直する。声が出てこない。
「こんちは」
おっちゃんは、よく日に焼けた顔を緩ませてそう言った。
おっちゃん 「隣、いいかい?」
僕「あ、え、は、はい。 」
僕「あ、え、は、はい。 」
久しぶりの人との会話に口の筋肉が回らない。
おっちゃん 「釣り、してもいいかい?」
僕「釣りですか? 」
おっちゃん 「そう、釣り。」
僕「釣りですか? 」
おっちゃん 「そう、釣り。」
おっちゃんは、トランクを開けて釣り道具を持ち出し始める。僕のとなりに胡座をかいて、慣れた手際で釣り道具のセットをはじめた。
おっちゃん 「まだまだ暑いよなあ。」
おっちゃん 「このあたりは何が釣れるか、お兄さん知ってる?」
おっちゃん 「このあたりは何が釣れるか、お兄さん知ってる?」
おだやかに話しかけてくれるおっちゃんに対して、僕は「ええ」とか「はい」とか「まあ」とか、ろくな相槌も打つことができない。利根川で何が釣れるかなんて考えたこともなかった。
おっちゃんは年の頃は50前後。背は低いが、Tシャツから覗く二の腕や身体つきはガッシリしていて、よく日に焼けているので若々しく見える。短髪の髪は白髪が混じっていたが、ふさふさとしていた。なによりその目だ。おっちゃんの瞳は、まるで釣り好き少年がそのまま大きくなったような面影があった。僕が一瞬で警戒を解いてしまったのも、その瞳が原因だった。
社長になれなれ言われて、逃げまわっているのさ。
社長になれなれ言われて、逃げまわっているのさ。
おっちゃんの名前は伊波さんといった。
僕「伊波さんは今日は休みなんですか?」
日にちの感覚はもうなかったが、今日は平日だったハズだ。
伊波さん 「まあ、いちおう仕事だよ。今日はもう終わったけど。」
僕「どんなお仕事なんです? 」
伊波さん 「石油会社だよ。」
僕「石油会社...というと? 」
伊波さん 「○○石油ってところ。知ってるかな?」
僕「どんなお仕事なんです? 」
伊波さん 「石油会社だよ。」
僕「石油会社...というと? 」
伊波さん 「○○石油ってところ。知ってるかな?」
知ってるも何も、その名前をつけたガソリンスタンドなら、その辺にいくらも見つけることができる。最大手の石油会社の名前だった。
伊波さん 「この辺にいくつか支店を開く予定があってね、その下見や調整で来てるのさ。」
僕「へえ......なんだか凄いお仕事ですね。 」
伊波さん 「そうでもないよ。土地の人に話を聞いたり、色々走り回って土地の様子を見たり。ついでにその辺の支店を回ったりね。まあこの辺は友達も多いし、そんなに忙しい仕事でもないから。」
僕「なんだか自由な感じですね。重役みたいじゃないですか(笑 」
伊波さん 「重役か...まあそうだね。会社にいると、社長になれなれ言われるからなあ、こうして逃げまわってるんさ。」
僕「......はあ。 」
僕「へえ......なんだか凄いお仕事ですね。 」
伊波さん 「そうでもないよ。土地の人に話を聞いたり、色々走り回って土地の様子を見たり。ついでにその辺の支店を回ったりね。まあこの辺は友達も多いし、そんなに忙しい仕事でもないから。」
僕「なんだか自由な感じですね。重役みたいじゃないですか(笑 」
伊波さん 「重役か...まあそうだね。会社にいると、社長になれなれ言われるからなあ、こうして逃げまわってるんさ。」
僕「......はあ。 」
なんだか聞き逃せないことを、さらっと言われたような気がする。
伊波さん 「いまは取締役にしてもらってるけど、こうして釣りしてる方が気が楽でいいよね。」
僕「でも、そんなお仕事だったら普通は忙しいんじゃないんですか?」
伊波さん 「昔はね。入社して20年くらいはバタバタやってたなあ。でも今はもう、こんな感じでも大丈夫なんだよ 」
伊波さん 「昔はね。入社して20年くらいはバタバタやってたなあ。でも今はもう、こんな感じでも大丈夫なんだよ 」
伊波さんはまるで、前世の記憶を辿るような目をして言う。胡座をかいて釣りをしている姿があまりに堂に入っているので、仙人のようにも見える。
伊波さん 「おにいさんは学生?」
僕は苦笑いをしながら「今は休職中なんです」と正直に言った。
僕「5月までは働いていたんですが、鬱病で辞めてしまいまして......まだ休んでいるところです。」
伊波さん 「そうか、鬱は辛いよなぁ。今はいくつ? 」
僕「23です。」
伊波さん 「若いなぁ。難儀だなぁ。そうかそうか。 」
伊波さん 「そうか、鬱は辛いよなぁ。今はいくつ? 」
僕「23です。」
伊波さん 「若いなぁ。難儀だなぁ。そうかそうか。 」
伊波さん、しみじみと噛み締めながら言った。
伊波さん 「俺も鬱はやったけど、たまらんかったなあ。2年間、動けなかったぜ。」
僕「2年間.....ですか!? 」
僕「2年間.....ですか!? 」
淡々と言うその言葉にぞっとした。鬱になってから4ヶ月経ったが、それが2年に引き伸ばされたらと思うと......。
伊波さん 「鬱のときは釣りをするといいよ。」
僕「釣り......ですか? 」
伊波さん 「そう、釣り。やったことある?」
僕「昔は...でももう何年もやってませんね。 」
伊波さん 「僕も阪口くんくらいの年はずいぶん無茶をやったけど、釣りをする時間だけはつくってたんさ。だから仕事には押しつぶされなくて済んだ。」
僕「釣り......ですか? 」
伊波さん 「そう、釣り。やったことある?」
僕「昔は...でももう何年もやってませんね。 」
伊波さん 「僕も阪口くんくらいの年はずいぶん無茶をやったけど、釣りをする時間だけはつくってたんさ。だから仕事には押しつぶされなくて済んだ。」
伊波さんはバンに戻ってトランクを開けると、もうひとつの釣り竿を持ってきた。
伊波さん 「釣り、しようぜ。」
「ふわっとやるんよ、ふわっと!」
伊波さんに言われるがままに、釣り竿を振るが、なかなかうまくできない。
「ふわっとやるんよ、ふわっと!」
「手元ばかりを見ないで自分が投げ入れたい水面を見て!」
「手元ばかりを見ないで自分が投げ入れたい水面を見て!」
不器用な僕に、伊波さんは飽きもせず指導をしてくれた。
どうにか水面に糸を垂らしていると、30分くらいで当たりが来た。
ズシンと重い手応えが竿を伝って手のひらに響く。
ズシンと重い手応えが竿を伝って手のひらに響く。
僕「来ました!」
伊波さん 「ゆっくり! 」
伊波さん 「ゆっくり! 」
伊波さんの誘導に従って、緩急をつけながら魚を手前に引っ張っていく。桟橋の下に伊波さんが網を用意している。竿を引っ張りあげて......その網の中へ魚の身体を放り込んだ。
「ほれ!」
伊波さんは網を上げて僕に差し出してくる。
かかったのは小さな鯰だった。
かかったのは小さな鯰だった。
僕は恐る恐るその中に手を入れて、鯰の身体を掴む。
ぬめりとした粘液の感触。指が傷つきそうな硬いエラの触感、生暖かさ。
自分以外の生き物に触れたのは本当に久しぶりだという気がした。
ぬめりとした粘液の感触。指が傷つきそうな硬いエラの触感、生暖かさ。
自分以外の生き物に触れたのは本当に久しぶりだという気がした。
伊波さん 「よかったなあ。そいつ、どうする?」
僕「どうしましょうか...どうしたらいいです? 」
伊波さん 「まだ小さいし、放してやるか。」
僕「そうですね。」
僕「どうしましょうか...どうしたらいいです? 」
伊波さん 「まだ小さいし、放してやるか。」
僕「そうですね。」
鯰は針を飲み込んでいた。吐かせようとするが、針は内蔵の奥深くまで入っているようで取れない。
伊波さんに手渡すが苦戦している。鯰の元気がなくなってくる。
伊波さんに手渡すが苦戦している。鯰の元気がなくなってくる。
伊波さん 「可愛そうだけど、こいつはもう、駄目だな。」
伊波さんは鯰を川に放った。鯰は泳がず、そのままとぽんと濁った川の底に沈んで見えなくなった。その沈みゆく身体を二人で見送った。
翌日もまた、伊波さんと肩を並べて釣りをする。
翌日もまた、伊波さんと肩を並べて釣りをする。
伊波さんは翌日も暇だそうで、夕方にまた会う約束をして、僕は桟橋に訪れた。
誰かと約束をするのは久しぶりだった。
おずおずしながら声をかけると、伊波さんは「釣れたぜー!」と、子どものように瞳をきらきらさせながら振り返った。
伊波さん 「鯰が多いなあ、ここは!」
僕「鯰ですか。 」
伊波さん 「ほれ、こんなに!」
僕「鯰ですか。 」
伊波さん 「ほれ、こんなに!」
伊波さんはニコニコしながら桟橋の下を覗きこむように促す。見るとそこには、丸々と太ったこぶりな鯰が3匹、網の中をぐるぐると旋回していた。伊波さんは「ドヤァ!」という効果音が聞こえてきそうな顔をしていて、思わず笑ってしまった。
伊波さんによると、この1ヶ月ほどは関東近辺の下見でぐるぐる回って、たまに本社に報告に戻るのだと言っていた。
僕「今日もお仕事だったんですか?」
伊波さん 「ああ。でも午前中には終わったから、午後は印旛沼の方の釣り堀に行ったよ。なかなかいいなあ、ここは。 」
僕「伊波さんって、このあたりに家があるんですか?」
伊波さん 「いや、ないよ。 」
僕「じゃあ、ホテルとかに泊まってるんです?」
伊波さん 「いや、車の中で。 」
僕「…車の中?」
伊波さん 「車の中に荷物とか、食料とか、寝袋も詰めてるんさ。 」
僕「え…伊波さん、車で寝泊まりしてるんですか?」
伊波さん 「おお!だって、ホテルとか疲れるだろう。そんなら夜まで釣りして、近くの銭湯に行って身体流して、そのまま車で寝泊まりして、翌朝また釣り場に出かけるほうが気楽でいいだろ?」
伊波さん 「ああ。でも午前中には終わったから、午後は印旛沼の方の釣り堀に行ったよ。なかなかいいなあ、ここは。 」
僕「伊波さんって、このあたりに家があるんですか?」
伊波さん 「いや、ないよ。 」
僕「じゃあ、ホテルとかに泊まってるんです?」
伊波さん 「いや、車の中で。 」
僕「…車の中?」
伊波さん 「車の中に荷物とか、食料とか、寝袋も詰めてるんさ。 」
僕「え…伊波さん、車で寝泊まりしてるんですか?」
伊波さん 「おお!だって、ホテルとか疲れるだろう。そんなら夜まで釣りして、近くの銭湯に行って身体流して、そのまま車で寝泊まりして、翌朝また釣り場に出かけるほうが気楽でいいだろ?」
ワゴン車を開けて見せてもらうとそこには、食料が入ったクーラーボックスや釣り道具や、着替えなどの日用品や寝袋が詰め込まれていた。車中泊、という言葉は知っていたが、それを実際にやっている人と出会うのは初めてだった。
僕「家に帰らないんですか?」
伊波さん 「家に帰ったってなあ……子供ももうみんな出て行ったし、帰ってもやることないしなあ。これが気楽だなあ。 」
僕「世捨て人の、旅人みたいじゃないですか(笑)」
伊波さん 「そうだなあ。旅人、というよりは、釣り人だなあ。 」
伊波さん 「家に帰ったってなあ……子供ももうみんな出て行ったし、帰ってもやることないしなあ。これが気楽だなあ。 」
僕「世捨て人の、旅人みたいじゃないですか(笑)」
伊波さん 「そうだなあ。旅人、というよりは、釣り人だなあ。 」
そうか、と僕は気がついた。
伊波さんに親近感を持ったのは、この自由な雰囲気だったのだ。
伊波さんに親近感を持ったのは、この自由な雰囲気だったのだ。
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個人の意見
道具を見る限り、恐らく本命はナマズではなかったはず。