第88回アカデミー賞「マッドマックス 怒りのデス・ロード」最多6部門受賞




今年のアカデミー賞で最多6部門を受賞した「マッドマックス 怒りのデス・ロード」。撮影したフィルムは480時間分に及んだ。そのうちの478時間分を捨てた編集担当、独特の世界観を具現化した美術・装置担当、爆音と繊細な音を調和させた録音担当と、大作を傑作へと昇華させた原動力は、難航を極めた製作過程でもへこたれなかったスタッフの力だった。

【過酷を極めた「マッドマックス 怒りのデスロード」の撮影現場、キャストとスタッフの苦労を示す画像集】

2月28日夜(米国時間)、第88回アカデミー賞授賞式が開催され、「マッドマックス 怒りのデス・ロード」が衣装デザイン賞、美術賞、メイク・ヘアスタイリング賞、編集賞、音響編集賞、録音賞の最多6部門を受賞した。派手なバトルと演出に目を奪われがちだが、細部にまでこだわり抜かれた会心の作品であることが証明されたと言ってよいだろう。

マッドマックス 怒りのデス・ロード」は、単に「マッドマックスシリーズ27年ぶりの最新作」という枕詞で括りきることができないほど、紆余曲折を経て完成に至った作品だ。

監督のジョージ・ミラーが4作目の着想を得たのは1998年。争いの主目的を、それまでの「油(ガソリン)」から「人間」にシフトさせて脚本を書き上げ、2001年には撮影をスタートさせた。しかし、9.11のテロで米ドルが暴落。米ドルで調達した製作費を豪ドルで支払っていたため、25%に及んだ為替の差で大打撃を被り、製作を中止せざるを得ない事態に追い込まれた。

2003年には、スタジオを20世紀フォックスからワーナー・ブラザースに変えてプロジェクトが再開されるも、イラク戦争による世界情勢の不安定感を背景に、米国から大量の撮影機材を持ち出すことが難しくなってしまう。豪ドルの高騰もあり予算を十分に確保できず、映画の製作そのものが暗礁に乗り上げてしまった。

さらにメル・ギブソンの舌禍とスキャンダル、新マックスとして白羽の矢を立てていたヒース・レジャーの急逝など、キャスティングも難航を極めた。結局、トム・ハーディがマックス役に決定したのは2009年になってからだった。

それでも試練はまだまだ続いた。

2011年、撮影予定地のオーストラリア・ブロークンヒルにまさかの大雨が降った。荒野だった土地には池ができ、美しい花が咲き乱れてしまうという予想外のアクシデントに見舞われたのだ。シャーリーズ・セロン演じるフュリオサが命をかけて目指す「緑の地」が、そこら中に存在しては作品が成り立たない。ロケ地はアフリカ・ナミビアナミブ砂漠に変更された。

撮影は2012年7月から約5カ月に渡って行われた。オーストラリアでの追加撮影分も加えると、フィルムの総数は480時間にも及んだ。そのすべてを観るには3カ月もの時間を要したという。編集を担当したのはジョージ・ミラー監督の妻、マーガレット・シクセル。ミラーが撮りためた渾身の映像を、480時間を費やして精査し、その上で478時間分を切り落とすという豪腕を振るえたのは、妻だからこそだろう。その労苦は編集賞の受賞で報われたのではないか。

「マッドマックスチーム、大健闘よね。『マッドマックス』は2015年で最も高評価を得た作品です。受賞を果たせて、この上なく嬉しいです。この作品は創作にあたっての勇気と根性を必要としました。ジョージ(・ミラー)とダグ(・ミッチェル/プロデューサー)と、ナミビアの砂漠に半年耐えたスタッフの皆さん、素晴らしい映像をありがとう。映画は編集室で練り直されて完成されます。シドニーにいる同僚のみんな、ポストプロダクションの関係者……彼らは手と頭を使い、愛をもって仕事をしているのです。ありがとう」(シクセルによるアカデミー賞でのスピーチ)

ウォー・タンクをはじめとした乗り物の数々、またイモータン・ジョーの砦シタデルなど、作品の世界観を見事に具現化してみせたコリン・ギブソン(美術)とリサ・トンプソン(装置)が美術賞を受賞した。2人はともに初ノミネート、初受賞だ。

ギブソンは「私は周囲の支えなしでは何もできません。このような賞を頂くためには、大勢の支えが必要でした。監督の下に各国のスタッフが集まり、心を病んだ男、片腕を失った女、脱走した5人の妻たちの世界を描きました。多種多様な人々を初めて称えたオスカーです」と、今回の受賞式に対する「多様性に乏しい」との批判をスピーチで皮肉った。

メイク・ヘアスタイリング部門を受賞したレスリー・ヴァンダーヴォルト、エルカ・ウォーデガ、ダミアン・マーティンは全員初ノミネート、初受賞。「素晴らしいビジョンを実現する旅に私たちを導いてくれてありがとう」とミラーに感謝を述べた。ヴァンダーウォルトは70年代からヘア&メイクアップ・アーティストとして活躍し、「マッドマックス2」「ムーラン・ルージュ」「華麗なるギャツビー」など、幅広い作品を手がけてきたベテランだ。

音響編集賞のマーク・マンジーニは4度目のノミネートで初受賞、デイヴィッド・ホワイトは初ノミネート、初受賞を果たした。腕を振り上げてガッツポーズをしながら壇上に上がった2人は開口一番、「マッドマックスのファン、やったぞ!総なめだ!」と快哉を叫んだ。「何千年もの間、人は暗闇の中、かがり火や映写機の光の下で物語を語り継いできました。デイヴと私は音で語ります。ジョージ・ミラーは『マッドマックスは耳で観る映画だ』と言いました。この作品ほど音で語る映画は他にない。音響家は語り手です。ありがとうジョージ、また次に会おう」と挨拶したマンジーニは、1970年代から120を超える作品の音を操ってきたサウンド・デザイナーだ。「レイダース 失われた聖櫃」「ロボコップ2」などのアクションから、「アラジン」「美女と野獣」といったアニメーション映画まで、その活躍の幅は非常に広い。

かたやホワイトは2000年代にデビューし、ドキュメンタリー作品やショートムービーなどを主に手がけてきた。長編のビッグ・バジェット・ムービーに携わるのは本作が初めて。「このめちゃめちゃうるさい映画で彼と仕事ができて最高だ!」とマンジーニを称え、「オーストラリアの仲間を代表して受賞するよ!イエア!ジョージ最高!」と喜びをストレートに爆発させていた。

かすかな息づかいから爆発音まで、あらゆる音を正確に操る芸術、録音。2時間の尺にミラーのビジョンを余さず詰め込むために、アクションシーンはほぼコマ落としで撮影されている。そのため、多くの音声は後日、別録りされていたという。

録音賞が贈られたのは、クリス・ジェンキンス、グレッグ・ラドロフ、ベン・オズモの3人。ジェンキンスは5度のノミネートと3度の受賞、ラドロフは7度のノミネートと3度の受賞歴を誇る録音界の重鎮だ。もっとも、若手のオズモは初ノミネート、初受賞。

ジェンキンスは「こんな作品への支持をありがとうございます。そうそうたる作品と共にノミネートされ、とても光栄です」と静かに語った。

衣装デザインを担当したジェニー・ビーヴァンは10回目のノミネートで2度目の受賞というオスカーの常連。俳優陣は言うまでもなく、撮影スタッフもドレスアップして臨むオスカーナイトだが、ビーヴァンは背中にドクロをあしらった革のジャケットにブラックデニム、黒のブーツという出で立ちで堂々とプレゼンターのケイト・ブランシェットからオスカー像を受け取った。

メイクもせず、髪も洗いっぱなし。オスカーナイトの常識をことごとく無視したビーヴァンの立ち居振る舞いに一部の出席者は鼻白んだようだ。壇上へと向かう道中、通路脇に座っていたアレハンドロ・G・イニャリトゥらは拍手もせず憮然とした表情で彼女の背中を一瞥しただけだった。

しかし、そんな一部の人の冷笑など意にも介さず、オスカーを手にしたビーヴァンは「最高の日だわ」と相好を崩した。「ナミビアの砂漠での長いロケ。最高のスタッフに恵まれました。とにかくアメイジングな体験でした。そして最後に真面目なことを言わせてちょうだい。ずっと考えてきたことよ。『マッドマックス』は予言になり得るかも知れない。お互いを思いやって環境破壊を止めなければ、この映画みたいな世界になってしまう」。

そんな考えさせる一言を残し、ビーヴァンは颯爽と舞台袖へと消えていった。

監督賞、作品賞は逃してしまう結果となったが、これほどのスタッフを集め、それぞれの力量を存分に発揮させる舞台を用意したジョージ・ミラーの手腕には舌を巻くばかりだ。続編の制作予定はないと断言してはいるが、この2賞を勝ち取るまで走り続けてほしい。

Masako Iwasaki

個人の意見


>2月28日夜(米国時間)、第88回アカデミー賞授賞式が開催され、「マッドマックス 怒りのデス・ロード」が衣装デザイン賞、美術賞、メイク・ヘアスタイリング賞、編集賞、音響編集賞、録音賞の最多6部門を受賞

 公開時、誰を誘ってみても、紹介しても、周囲で観に行った形跡はなかった(何人か直接訊ねてみたら見に行かなかった様子)。

 個人的には大変な衝撃を覚えたのだが(毎度のことながら邦楽タイアップの宣伝が蛇足だった)、自分の感性に不安を覚えるほど周囲は静かだった。
 マッドマックスのファンとして報われた気持ちになり、達成感を得ている。