『増殖する外来生物と在来生物の「交雑種」 放置し続けてもいい問題なのか?』


2016/12/12(月) 17:50配信

THE PAGE

 今までその国に存在しなかった生物が何らかの手段で侵入し、在来種を駆逐してしまうケースを紹介してきました。さらに外来種が在来種と交尾をして、新たなる「交雑種」を作り出してしまうという生態リスクが報告されています。


 水産物や農作物の収穫や人間に直接、危害を与えるもの以外は、重要視されないこともありますが、研究者の間で懸念されている問題について、国立環境研究所・侵入生物研究チームの五箇公一さんが解説します。

外来種と在来種から生まれた交雑種が増殖中

 外来生物がもたらす生態リスクのひとつに「種間交雑」があります。外来生物と在来生物が交尾をして、雑種をつくるという現象です。例えば、1940年代に食用として中国から導入されたハクレンやソウギョといった大型魚に混じって、タイリクバラタナゴという小型の魚も持ち込まれましたが、日本各地の湖沼に定着して、日本在来のニッポンバラタナゴという近縁種との交雑が進み、日本の純粋なニッポンバラタナゴが、雑種に置き換わってしまい、ほとんどいなくなってしまったという事例があります。

 また私たちの身近に生えるタンポポのほとんどは日本産タンポポとヨーロッパ原産のセイヨウタンポポとの交雑によって生じた雑種タンポポとされます。このケースでは、外来タンポポが日本産タンポポの遺伝的特性を取り込むことによって、生まれた雑種はいっそう日本の環境に適応した「スーパー雑種」となり、外来タンポポ集団すらも駆逐しながら分布を拡大していると報告されています。

 1970年代に食用として大陸から持ち込まれたチュウゴクオオサンショウウオが京都の鴨川水系で増殖し、元々住んでいたオオサンショウウオとのあいだで交雑が進み、オオサンショウウオの純系が絶滅寸前になっていることも有名な事例です。京都市では2011年から捕獲個体のDNA分析を進めていますが、2013年以降、同水系では、外来オオサンショウウオか雑種の個体しか確認されておらず、関係者は危機感を募らせています。

外来遺伝子に浸食される、ニホンザルの遺伝子組成

 千葉県の房総半島ではアジア大陸産のアカゲザルが定着しており、現地のニホンザルと交雑していることが遺伝子解析によって確認されています。外見上は、雑種個体はニホンザルと見分けがつかず、知らず知らずのうちにニホンザルの遺伝子組成がアカゲザルの遺伝子に浸食されていく事態を動物学者たちは憂慮しています。

 同様に和歌山県では台湾産のタイワンザルが分布を広げて、ニホンザルとの交雑種が増えていることが問題となっています。こちらのケースでは、尻尾の長さが両種の間で明確な差があり、雑種はその中間的な長さになるという特徴があります。
増殖する外来生物と在来生物の「交雑種」 放置し続けてもいい問題なのか?

 アカゲザルおよびタイワンザルに対して、農作物等に対する被害に加えて、この交雑のリスクを理由として、環境省は2005年に「外来生物法」の特定外来生物に指定しました。これを受けて、各地で外来サルと雑種の個体を捕獲する事業が進められましたが、その処分を巡っては賛否両方の意見が地方自体や環境省に寄せられており、ニュースにもなりました。
増殖する外来生物と在来生物の「交雑種」 放置し続けてもいい問題なのか?

外国産クワガタムシの飼育ブームがもたらしたもの

 1990年代から2000年代にかけて外国産クワガタムシの飼育が大ブームになりましたが、特に外国産ヒラタクワガタが人気で大量に海外から輸入されました。ヒラタクワガタ(学名Dorcus titanus)は、日本列島のみならず、東アジアおよび東南アジア域にも広く分布しており、地域ごと、島ごとに独自の形質をもつ集団=亜種に分化しています。

 国立環境研究所が日本国内および海外に生息するヒラタクワガタ地域集団のDNA変異を調査した結果、アジア全体のヒラタクワガタは500万年以上の時間をかけて、多様な遺伝的系統に分化しており、形態上の亜種内にもさらに細かく分化した地域系統が含まれていることが明らかになりました。日本列島内にも島によって異なる遺伝子組成をもつ集団に分化しており、遺伝的多様性と固有性の高い種としてアジアのヒラタクワガタは存在します。

 ところが日本人がペットとしてこれらの地域集団を移送することで、異なる遺伝的系統の間で雑種が生じる恐れがあります。実際に日本産ヒラタクワガタと東南アジア産ヒラタクワガタを実験的に交配すると、両者の形質を受け継いだ雑種が生まれることが示されています。さらに雑種同士をかけあわせると次の世代が誕生し、さらに次の世代に繋がる、という具合に雑種には妊性があることも示されています。

 このことから、もし、野外で雑種が生じたら、日本産集団のなかに外国産ヒラタクワガタの遺伝子が容易に拡散していく可能性があります。実際に国内から、外国産系統の遺伝子をもつ個体が採集された記録もあり、今後も遺伝子撹乱が生じていないか詳細な調査が求められます。

ホタルの移送に見る遺伝的多様性・固有性の撹乱という生態リスク

 このように交雑によって地域集団の遺伝子組成が撹乱されるという生態リスクは、日本国内に生息する種の地域集団を移送することでも生じます。日本では地域振興の一環として、あるいは自然再生活動の一環として、ホタルの養殖と放流が行われることがありますが、実はホタルにも地理的な分化が存在し、放流のための人為移送がこのホタルの地理的変異を撹乱することが問題視されています。

 本州、四国および九州に広く分布するゲンジボタルには明滅パタンの異なる東日本型と西日本型が存在する。この二型の分布はフォッサマグナと言われる地溝帯によって明確に境界線が引かれており、日本列島の形成史にあわせて、ホタル集団の分化が進んだことが示唆されています。近年のDNA分析によって、ゲンジボタルにはさらに細かく6つの地理的分集団が存在することが示されており、その塩基配列情報から、ゲンジボタルは今から1500万年という古い時代から日本列島での分布を開始し、東西日本の発光パタンの異なる型は今から500万年前に分化したと推定されます。

 ホタルの移送はこの遺伝子の地域固有性を崩壊させ、ホタルの長い進化の歴史と系譜を喪失させることになる……これは生物多様性の一大事である、と多くの保全生態学者は捉えて、ホタルを人為的に移送すべきではないと唱えます。しかし、一方で「ホタルの遺伝子が混じって何が悪い?」「ホタルが増えてくれれば喜ぶ人も多い、それの何が悪い?」と考える人も少なくはないはずです。

 同じ外来種の生態リスクでも、水産資源や農作物が食べられる、といった直接的被害ならば、多くの人に理解され易く、また対策の必要性についても納得してもらえます。しかし、遺伝的多様性・固有性の撹乱という生態リスクは、多くの人にとってピンとくるものではないと思われます。実際、野生個体群の遺伝子組成が改変されることで、私たち人間生活にどんな障害が生じるのかと問われても簡単にはいい答えは見つかりません。

 それゆえに、遺伝的多様性の撹乱リスクに対しては人によってその受け止め方に温度差があり、対策を講じる上で合意を形成することが難しいケースも出てきます。また、人間の都合で解釈が大きく変わることもあります。つまり、絶滅に瀕する生物種の集団に別の地域からの集団を移植して、遺伝的多様性を回復させて、絶滅を回避するという対策がとられることがあります。

 例えば、北米のフロリダパンサーはかつてアメリカの東南部に広く分布していましたが、狩猟によって個体数が減少し、フロリダ南部にわずかな小集団が生息するのみとなりました。その結果、集団内の遺伝子多様性が著しく低下してしまい、様々な疾患や奇形が生じて絶滅の危機に立たされました。そこで、アメリカ政府の決定により、テキサス州に生息する近縁亜種の個体がフロリダに導入され、種間交雑によって遺伝子の多様性の回復が図られました。この試みは成功し、フロリダパンサーの個体数は大幅に増加しました。しかし、一方で、この保全策によってフロリダパンサーの遺伝子の固有性は損なわれたということもできます。

 生物移送による交雑リスクの問題は、人間の価値観によって大きく左右される問題でもあり、今後も様々なケースを科学的に分析して議論を重ねていく必要があります。

【連載】終わりなき外来種の侵入との闘い(国立研究開発法人国立環境研究所・侵入生物研究チーム 五箇公一)







個人の意見
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>例えば、1940年代に食用として中国から導入されたハクレンやソウギョといった大型魚に混じって、タイリクバラタナゴという小型の魚も持ち込まれましたが、日本各地の湖沼に定着して、日本在来のニッポンバラタナゴという近縁種との交雑が進み、日本の純粋なニッポンバラタナゴが、雑種に置き換わってしまい、ほとんどいなくなってしまったという事例があります。

 『オカメ』が外来種であると思っていない人がいますね。