「ミステリークレイフィッシュ」


4/26(木) 17:34配信


クローンで増殖する突然変異体のザリガニ、その名も「ミステリークレイフィッシュ」。
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その数はヨーロッパはじめ、世界各地で爆発的に増加しているが、このザリガニは、なんとわずか25年前に誕生したばかりだというから驚きだ。
ある日突然地球に出現した、ミステリアスなザリガニ

ドイツのがん研究センターの生物学者フランク・リコは、体長6インチ(約15cm)のミステリークレイフィッシュ(ザリガニの一種)を研究している。

標本を見つけるのは簡単だ。ドイツではペットショップで買えるし、近くの湖で見つけることもできる。

暗くなるまで待ち、ヘッドランプを着けて浅瀬を歩いてみる。ほどなくすると、隠れていたミステリークレイフィッシュが足首の周りに集まりはじめるのだ。

「それはとても印象的な経験でした」とリコ博士は語った。

「私と同僚の3人は、1時間以内に手で150匹捕まえました」

過去5年間にわたり、リコ博士と同僚の研究者はミステリークレイフィッシュのゲノム塩基配列を解読してきた。最近、発表された論文では、このザリガニは珍しいものではないが、最も科学的に注目すべき種の1つであることを論証されている。

約25年前、あるザリガニの突然変異によって、突如、ミステリークレイフィッシュは誕生した。それまでこの種は存在していなかったのだ。

クローン増殖が可能なこの新種ザリガニは、生殖範囲をヨーロッパ全土、さらに他の大陸にまで広げた。2007年頃に到達したマダガスカルでは、10年で数百万匹にまで増え、固有種のザリガニを脅かしているのだ。
始まりは1990年代のドイツ

ミステリークレイフィッシュは、1990年代後半にドイツの愛好家の間で人気となった。

その生物の存在を、最初にリコ博士が認識したのは、1995年に「テキサスザリガニ」として購入したという愛好家からの報告だった。その愛好家はザリガニの大きさと卵の巨大な塊に衝撃を受けた。ミステリークレイフィッシュは一度に何百もの卵を産むのだ。

愛好家の友人の手にもそのザリガニがわたり、マーモークレブス(ミステリークレイフィッシュのドイツ語の名称)がドイツ国内、そして国外のペットショップに登場するようになった。

マーモークレブスの人気が高まるにつれ、飼い主たちは困惑した。なぜならば、そのザリガニは交尾せずに卵を産み、子孫はすべて雌、そしてそれぞれが繁殖可能だったから。

2003年、科学者たちはミステリークレイフィッシュが自分自身のクローンを作っていることを確認。そのDNAの配列は、北米と中米の固有種であるアメリカザリガニと著しい類似点を示していた。

20年近くにわたり、ミステリークレイフィッシュは『スタートレック』に出てきた架空の動物「トリブル」のように倍増している。

「1匹が1年後には数百匹になります」とリコ博士は語る。

多くの所有者が近くの湖にミステリークレイフィッシュを捨てたこと、そして、その繁殖に保護はいっさい必要ないことが明らかだった。 ミステリークレイフィッシュは野生の環境で爆発的に増殖し、ときには数百ヤードを歩いて新しい湖や川に到達。チェコ共和国ハンガリークロアチアウクライナ、そしてその後、日本とマダガスカルで、野生化した個体数が増えはじめた。

大増殖するミステリークレイフィッシュの染色体の秘密

2013年、リコ博士と同僚たちは、もはや珍しい生き物ではなくなっていたミステリークレイフィッシュの全ゲノム解析に着手。それまで誰もザリガニのゲノム配列を解読したことがないので、DNAの断片をゲノムの単一のマップにまとめる作業は苦難の連続だった。

しかし、ひとたびそれが成功すると、彼らはミステリークレイフィッシュを含む、15種のザリガニのゲノム塩基配列も解読。豊富な遺伝子情報の詳細により、ミステリークレイフィッシュの奇妙な起源がより明らかになった。

フロリダ州ジョージア州のサティーラ川の支流のみに住む、アメリカザリガニ属のスロウザリガニとして知られる種が交尾をしたとき、2匹のうちの1匹の性細胞に変異があった。そして生まれたのが、初代のミステリークレイフィッシュであるという。

通常、生物は父親からの染色体を1組、母親からの染色体を1組、計2組の染色体しか持たない。しかし、突然変異のザリガニにはそれが3組あった。それが卵子であるか精子であるかは判明していない。

どういうわけか、2つの性細胞が融合し、3つの染色体コピーを有する雌のザリガニの胚が生まれた。

ミステリークレイフィッシュは、自らの卵を胚に分裂させることができた。その子孫はすべて雌で、3組の染色体の同一コピーを受け継いだ。

そう、それらはクローンだったのだ。

染色体はスロウザリガニの染色体と一致しなかった。つまり、スロウザリガニの子孫を産むことはできないということ。雄のスロウザリガニは、ミステリークレイフィッシュと容易につがいにはなるが、その子孫の父親になることはない。

リコ博士と彼の同僚は12月、ミステリークレイフィッシュを独自の種と正式に宣言し、「Procambarus virginalis」と名づけた。

しかし、科学者たちにはこの種がどこから始まったのかを確定させることはできなかった。米国に野生のミステリークレイフィッシュの集団は存在しないので、彼らはこの新種を「ドイツのどこかの飼育水槽の中で発生した」と考えている。

リコ博士が研究したミステリークレイフィッシュはすべて、遺伝上ほぼ同一であった。そして、その単一のゲノムこそが、ドイツの放棄された炭鉱からマダガスカルの水田まで、あらゆる地でクローン繁殖することを可能にした。

学術誌「ネイチャー・エコロジー・アンド・エボリューション」誌に掲載された新しい研究では、ミステリークレイフィッシュの生息地域が、約10年の間に驚くほど速いペースで、マダガスカルのいたる場所に広がっていることが示されている。


なぜ動物は性交するのか?

ミステリークレイフィッシュの存在は、動物界についての大きな謎の一つに光を当てた。なぜ多くの動物は性交するかということだ。

1万分の1の確率でクローンで増殖する種が存在し、そのすべてが雌であり、多くの研究は、性交のない種は長く続かないのでまれであるということを示唆している。

そのような研究の1つ、サザンアーカンソー大学のエイブラハム・E・タッカーとその同僚たちによる、小さな無脊椎動物である11種の無性のミジンコの研究は、それらの種のDNAが進化したのが、たった1250年前だったことを証明した。

クローンであることには多くの明確な利点がある。ミステリークレイフィッシュは多産で、個体群の爆発的増加が可能となっている。「無性であることは、すばらしい短期戦略です」とタッカー博士は述べる。

しかし、長期的には性別があることに利点がある。たとえば、有性生殖の動物のほうが、病気に対して有利だ。

病原体が1つのクローンを攻撃する方法を進化させた場合、その戦略はすべてのクローンに対して成功するだろう。有性生殖の種は、その遺伝子を新しい組み合わせで混ぜることで抵抗力を発達させる確率を高める。

ミステリークレイフィッシュは、科学者にこのドラマが最初から展開していく過程を観察する機会を与えてくれている。

どうやら、最初の数十年間においてはクローン側に非常に有利に展開しているようだ。しかし、遅かれ早かれ、ミステリークレイフィッシュの運命は変わりそうだ。

「10万年間は生き残るかもしれません」とリコ博士は推測している。

「しかしその期間は、私にとって個人的には長い時間ですが、進化においてはレーダー上の一点にすぎないのです」

(c) 2018 New York Times News Service

From The New York Times (USA)  Text by Carl Zimmer

個人の意見


>1匹でも逃亡したり、放たれたりすると自然界で猛烈に繁殖する可能性がある。ペットとするには注意が必要なのだが、12年前に札幌市内で、2年前には愛媛県松山市の川で野外個体が捕獲されている。