釣りもレースも勝負は一瞬 男子100m走の山県さん


1/8(火) 7:47配信

NIKKEI STYLE

イメージ 1


陸上男子100メートルで日本歴代2位の記録を持つ山県亮太さん(26)。0秒01の差で勝負がつく陸上短距離とは対照的に、オフの時間は海でのんびりと釣り糸を垂らす。それでも魚がかかったさおを引き上げる反応は素早く、スプリンターの面目躍如といったところ。獲物はその場でさばいて刺し身で食べる。瀬戸内生まれだけに、新鮮でおいしい魚には目がない。

広島市の実家から瀬戸内海はすぐ。山県さんにとって、幼いころから釣りは日常の一部だった。
「もともと父親が釣り好きで、週に一回魚を釣って帰って来ていた。それを家族で食べるのが我が家の習慣でしたね。たまに船釣りに連れて行ってもらうのが楽しかった記憶があります」
故郷を離れ、慶大に入ってからは寮生活。趣味として釣りにはまったのは、社会人になって一人暮らしを始めたのがきっかけだ。

「自炊をして魚がまずいと思ったんですよ。スーパーで買った魚がおいしくない。そんなとき、ふと『あのとき、オヤジが釣ってきた魚はうまかったな』と思い出した。新鮮な魚が食べたい、と。だったら自分で釣るしかない」

釣りに行くのは、もっぱら冬のオフシーズン。1年間戦い抜いたご褒美のようなものだ。秋が深まってくると、眠っていた気持ちが沸き立ってくる。オフに実施する合宿に、釣りができる場所を選ぶことも。海は広く、外国でも釣りざお一本あれば「漁場」となる。
「オーストラリアのゴールドコーストで合宿したときは、ほぼ毎日、毎朝、毎晩、さおを持って海へと向かいました」。トレーニング一色となる合宿で、釣りはモチベーションを上げてくれる。「オンとオフの切り替え、リラックスできるものがあるのは大きいですよね」

イメージ 2

釣りもレースも勝負は一瞬 男子100m走の山県さん

イメージ 3

魚がかかるのを待つ時間はまったく苦にならないという


■その場でさばいて刺し身パクリ

競技生活がいつも順風満帆というわけではない。特に2017年は春に右足首を痛めて、苦しいシーズンとなった。その年の夏は、ロンドンであった世界選手権の代表にもなれなかった。
「気を紛らわすため春は釣りに行ったし、夏も釣りができる北海道の網走で合宿をしました。ちょうどカレイのシーズンで、メバルとかソイもめちゃめちゃ釣れました。魚種を選ばないから、一投で一匹、時間にして数秒です」
思うように釣れなかったとしても、待っている時間は苦にはならない。「いつまででも、やれる」。競技のことを考えることもあるという。「その日の練習がどうだったとか、次の日の練習をどうしようとか……」
レースでの山県さんはスタートの反応の速さに定評があるが、魚釣りでもそれは通じるようだ。さお先を見つめながら、ピクッと動いた絶妙な瞬間にさおを引き上げる。「船釣りをしているときは当たりを取るのがうまいと、親に褒められたことがありますね」
その場で魚をさばき、「刺し身で食べられるのが釣りの魅力」。ユーチューブを見ながら学んだという料理は相当の腕前で、大学時代の同僚でマネジャーを務める瀬田川歩さんによれば「僕らよりずっと上手で、盛りつけも美しい。(山県さんの前で料理するのは)ちょっと気が引けるくらい」
道具には凝る方だ。「さおは10本ぐらい持っていて、いいものは5万円。ルアーもたくさんあります。かなり投資しました。沖縄に合宿に行くと、釣れた数よりもルアーをロストする方が多いので相当赤字です」
名前入りのマイ包丁も持つ。「(リオデジャネイロ五輪があった)16年の活躍を広島陸上競技協会さんに表彰してもらったときに、副賞をいただけることになった。そのときに『出刃包丁がいい』とお願いしてネームを入れてもらいました。でも魚の骨を切ったら刃が折れちゃって。翌年に買い替えました」

■9秒台目指し米フロリダで合宿

アスリートだけあって、栄養には気を使う。趣味と実益を兼ねて、魚中心のメニューかと思いきや、そうでもないらしい。
「糖質とかたんぱく質が不足しがちになるので、意識的に増やすようにしています。でも、たんぱく質を手っ取り早く摂取するにはやっぱり肉なんです。魚で同じ量を取ろうとすると結構大変。釣りは正直、楽しみの部分が大きいですね」
年が明けたばかりの今は、まさに趣味に時間を使えるとき。英気を養う一方で、新たなシーズンに向けての準備も怠りない。昨年は10秒の壁を破れなかったが、日本人には負けなしで「けがもなかったし、安定していたという意味ではよかった」
もう一段階上のレベルに進むために、体づくりの必要性を感じていて、昨年12月に視察を兼ねて米フロリダのトレーニング施設、IMGアカデミーで10日間の合宿をした。今年2月にはさらに長い期間滞在して調整を進めるつもりだ。「今回は釣りをしたいから選んだわけではないですよ」
今年は早い段階で9秒台を出し、9月に開幕する世界選手権(ドーハ)で決勝に進出することを目指している。そこでの活躍は20年東京五輪にも通じるはずだ。
東京五輪は特別な大会。代表に選ばれるところから激しい争いになるけど、そこで最高の結果を残したい。ただ、それ以上でもそれ以下でもない。特別なことをしようとは思っていなくて、自分のやるべきことを変わらずやるだけです」
(聞き手は渡辺岳史)
山県亮太1992年6月、広島県生まれ。広島修道高から慶大に進学。1年時に日本ジュニア記録(当時)となる10秒23をマークした。2012年ロンドン五輪で準決勝進出。16年リオデジャネイロ五輪では400メートルリレーで銀メダル。18年アジア大会では自身2度目となる日本歴代2位の10秒00を記録して銅メダルを獲得した。セイコー所属。

個人の意見

>「刺し身で食べられるのが釣りの魅力」

 食べない釣りもありますよ。