甘い誘惑の代償 釣り人の遭難


12月20日13時57分配信 産経新聞

 昔からレジャーとして根強い人気を持つ「釣り」。海や川、湖など、さまざまな舞台でさまざまな楽しみ方を持ち、その魅力のとりことなる人は多いが、自然相手のレジャーゆえに、1つ間違えば危険が伴う。今月に入って、北海道と茨城県で相次いで釣り人の命が失われる事故が発生した。現場はいずれも立ち入り禁止場所。そのとき、いったい何が起きていたのか。事故の波紋は「釣り」というレジャーの在り方に波及する可能性もあるというが…。(豊吉広英)


 ■天候急変、ボートが沈む! 助け呼ぶも…

 11日午後7時半ごろ。全国に8カ所ある中核国際港湾の1つで、北海道の港湾貨物取扱量の5割近くを占める苫小牧港から、釣りの準備をした屈強な陸上自衛官7人が乗り込んだ1艘のプレジャーボートが出港していった。

 ボートが目指したのは、沖合の防波堤。脂の乗ったソイやカレイ、アイナメなど多様な魚が釣れる名所として知られており、7人同様、プレジャーボートで夜釣りに向かう人も多いという。

 ただ、問題がある場所でもあった。港内の一帯は、沖合の防波堤部分も含めて釣り禁止区域で、防波堤では数年前に転落事故も起きていた。さらに、大型貨物船などの往来に支障があるため、プレジャーボートで防波堤に近づくことも禁止されていた。

 海も荒れていた。苫小牧港は西側に開いた構造で、面積も広く、いったん風が吹くと波が立ちやすい。港の隣町に住む愛好家は「とても船を出せる波ではなかった」と振り返る。

 それでも、2日前に釣りの約束をしたという7人は防波堤に到着。思い思いに釣りを楽しんでいたという。

 そんな彼らを襲ったのは天候の急変だった。午後9時前に降り始めたとみられる雨は午後10時ごろ、一気に強さを増した。7人は釣りをあきらめ、急いでボートで引き返すことにしたが、高波の影響でボートには海水がたまっていた。ボートに乗り、バケツで水をくみ出したものの、波が次々と流れ込み、浸水は止まらない。

 約40分後、とうとうボートが傾きだした。1人がかろうじてロープをつかみ、防波堤に飛び移ったが、残る6人はそのまま海中に投げ出された。

 冷たい海中に残された6人。「電話して!」。防波堤にいた1人が海中からの叫び声を聞き、急いで携帯電話で通報したが、救助を待つ間も、荒れた海は6人を覆い隠していった。

 当時の水温は9度。波の高さは5メートル。冬の海は、転落した人間の体温をすぐに奪っていく。

 6人は救命胴衣を着ていたが、そのうちの1人は、波にもまれるうちに救命胴衣が脱げて沈んでしまった。通報を受けた海上保安庁救難隊員が、数人がかりで残る5人を次々と引っ張り出した。

 「救助に来ました」。隊員が声を掛けたが、5人からの応答はなかった。間もなく5人は死亡が確認され、波間に沈んだ。残る1人も13日午前、事故現場付近の海底で、遺体で発見された。

 ■定員超過に救出阻む海 救えなかった命

 なぜ、このような悲劇が起きてしまったのか。

 「波が防波堤にぶつかることで、ボートに作用する波のエネルギーの方向が変則的になり、下から上へ突き上げるような力が働いた可能性がある」。長崎総合科学大の慎燦益教授(船舶工学)は防波堤に係留されたボートの危険性を、こう指摘する。

 転覆したボートは、繊維強化プラスチック(FRP)製で長さ約4・45メートル、幅約2・05メートル。死亡した1人の所有物で、車の車検にあたる船舶検査の際、日本小型船舶検査機構(東京)に提出された書類によると、「船員1人、旅客5人」で登録されていた。

 「1人でも定員超過すると、船の沈み込みが増すため、波の影響を受けやすくなる」と海上保安署幹部。慎教授は、「この大きさのボートに7人が乗り、水をかぶるとバランスを取るのは難しい。釣りの荷物も加わった状態で変則的な大波が来たら転覆は容易に起こりうる」と推測する。

 投げ出された6人に対する救出作業も難航した。

 「波が次から次に来て、救助は困難を極めた」。現場で救難活動にあたった小樽海上保安部の盛永曜督潜水班長は12日に行った会見で、当時の状況をこう振り返った。

 ヘリから潜水隊員を防波堤に降ろして行われた救出活動。防波堤を襲う波の高さは3メートル近くで、ライトで照らされるだけの海ゆえに視界も悪かった。実際、盛永班長自身も1度高波に飲み込まれたという。

 第1管区海上保安本部では、定員超過が事故の原因になった可能性があるとして、業務上過失致死容疑を視野に入れ、捜査を始めている。

 ■格好の釣り場でも… これまでに65人の釣り人らが死亡

 一方、苫小牧港で事故があった翌日の12日夕、茨城県神栖市鹿島港南防波堤でも、高波の中で釣りを楽しむ3人の男性の姿があった。

 13日昼になって、家族から「家に帰ってこない」と110番通報があったことから、県警鹿嶋署や鹿島海上保安署などは、3人が防波堤で釣りをしている最中に波にさらわれ、海に転落した可能性があるとして捜索。14日に1人の遺体を発見した。

 鹿嶋署によると、3人が乗ってきた車は防波堤に近い空き地に止まっており、1人は、12日午後9時ごろ、携帯電話で「もうすぐ帰る」と伝えていた。同日夜は、波が3~4メートルと高く、波浪注意報も発令されていたという。

 実は、3人が行方不明となった現場も、高波をかぶる危険があるとして、立ち入りが禁止されていた場所だった。

 防波堤は全長約4キロのL字型。入り口には高さ約3メートルのゲートがあり、鍵が掛けられているが、スズキやアジ、クロダイなどがよく釣れる格好の釣り場として、侵入する釣り客が絶えないという。

 その結果、事故もしばしば発生している。県鹿島港湾事務所によると、防波堤は昭和38年に着工されて以来、65人の釣り人らが波にさらわれ、死亡したという。

 鹿嶋署も続発する事故に頭を悩ませている。11月15日には、堤防から退去するよう指示をされたにもかかわらず従わなかったとして、鹿嶋署が軽犯罪法違反(禁止場所への立ち入り)容疑で釣り人15人を検挙したばかりだった。

 ■減少傾向にある釣り場 求められるマナーの向上

 海上保安庁海上保安統計年報によると、昨年1年間の釣り中の海浜事故者数は332人で、このうち死亡したり行方不明になったりしたのは116人。数はここ数年、増加傾向にあるという。

 今回の2件の事故のように、立ち入り禁止場所に入る釣り客も後を絶たない。

 「防波堤は魚が集まる魚礁となっており、人気が高い。それゆえに、多くの人が集まるが、立ち入り禁止場所に入っていくのはベテランの釣り客が多い」。日本釣振興会の清宮栄一専務理事はこう説明した上で、「自然での遊びゆえに、危険と隣り合わせという部分はあるが、天候、装備、そして社会的ルールを頭に入れて遊んでいかないと、危険性はどんどん高まっていく」と話す。

 相次ぐ事故は、釣りを楽しむ人々の首を絞めることにもなる。

 レジャー白書によると、平成20年に1度でも釣りをしたことのあるという釣り参加人口は約1120万人。日本人の約10人に1人が釣りを楽しんでいる計算になるが、楽しく釣りができる場所は、自然破壊の影響などもあり減少傾向にある。

 そして、ここ最近、日本では100カ所を超える港湾施設が新たにさくで覆われ、次々と立ち入り禁止となっている。

 これは2001年の米中枢同時テロを受けて改正された「海上における人命の安全のための国際条約(SOLAS条約)」の影響だ。改正で、テロ阻止のため港湾施設の保安体制の強化が義務づけられた結果、港湾施設の立ち入り制限が厳しくなったため、釣りができなくなる場所が続出。釣振興会によると、100万人近い釣り人が釣り場を失うなど影響を受けたという。

 「われわれとしては、SOLAS条約対象港で開放に向けた働きかけを地元の行政に行ってきており、実際に一部の自治体で一部開放が実現してきた」と清宮専務理事。そして続けた。「この働きかけを続け、楽しく釣りができる場所を広げていきたい。でも…、アピールするには、それにあわせて釣り客のマナーも向上させていく必要だ」

 訴えは、届くか。

個人の意見

 釣りで起こる問題は、いつも「マナー」に行き着きます。
マナーは、守れることばかりのはずです。