『ヒステリア』


2013.04.17 水
日刊サイゾー


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これが世界初となる電動バイブレーター。女性に貞淑さが求められた
19世紀に開発されただけに、その登場は衝撃的だった。

 世界初の電動バイブレーターを発明した人って、一体どれだけエロかったんだろうか? ドクター中松のようなマッドサイエンティストだったのか、それとも村西とおる監督みたいな飽くなき性の探求者だったのか? 気になるじゃないですか。そんな疑問に答えてくれるのがこの映画。ヒュー・ダノシー&マギー・ギレンホール主演による『ヒステリア』は、電動バイブレーターの開発者である英国人ジョセフ・モーティマー・グランビルにスポットライトを当てたもの。歴史の教科書にその名前が出ることはないが、彼は19世紀末のロンドンで“セックス革命”を巻き起こした性の救世主だったのだ。彼の偉業を知れば、これから電動バイブを手にした際は特別な感慨が湧くかも知れない。

 “性の革命児”ジョセフ・モーティマー・グランビル(ヒュー・ダノシー)の職業はお医者さん。時は1880年代、ビクトリア朝時代の英国は第二次産業革命の真っ盛り。米国では電話機や電球を発明したエジソンが活躍していた頃。科学が飛躍的な進歩を遂げていく一方、多くの女性たちを悩ませていたのがヒステリーだった。もともとヒステリーとは古代ギリシア時代に“さまよえる子宮”という意味で名付けられたもの。ヒステリーは女性にだけ見られる症状で、女性器と因果関係があると考えられてきた。中世ではヒステリー症状の女性は、魔女として迫害されていたそうだから恐ろしい。グランビルは情熱みなぎる新進の医師として、ヒステリー患者の治療に当たっていた。当時の治療法というのはヒステリーを訴えるご婦人たちを治療台に乗せ、女性器部分を手でゆっくり時間をかけてマッサージし、オーガズムまで導くというもの。19世紀の欧州では性感マッサージこそがヒステリーに効果のある医療行為だったのだ。1850年代の英国の医師たちによる研究では女性の40%以上がヒステリーであると診断されていたそうだから、グランビル先生は“ゴッドハンド”加藤鷹ばりに大忙しだった。


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ヒステリーを訴えるご婦人の治療に当たる医師のグランビル(ヒュー・ダノシー)。
あまりの患者の多さに、当時の医者はヘトヘトだった。

 患者想いで熱心なお医者さんほど、自分の体を壊してしまうもの。連日にわたってヒステリー患者に接していたグランビル先生の腕はもうパンパン。腱鞘炎になってしまい、満足な治療ができなくなってしまう。肩を壊した救援投手のように塞ぎ込んでいたグランビル先生の目にふと留まったのは、発明好きな親友エドモント(ルパート・エヴェレット)が開発中だった「電動ほこり払い機」だった。何気なく手にしてスイッチオンにしてみたところ、うなる小型モーターの低振動が妙に心地よい。そのとき、グランビル先生の頭にピンク色のランプが点灯した。これだよ、これッ! ひとりの医者の何気ないひらめきによって、セックス大革命の狼煙が上がった。

 エドモントとグランビルはさっそく、世界初となる電動バイブレーターの人体実験に取り掛かる。神をも恐れぬ、世紀の大実験。グランビルの手は緊張のためかバイブの振動のためか小刻みに震えている。電動バイブレーター初号機を恐る恐る被験者の股間へと近づける。緊張の一瞬、果たして実験の成果は……? しばし続いたモーターの振動音の後、女性被験者の喜びに満ちた高らかな声がロンドン中に響き渡る。やった! 世界初の電動バイブの実験に無事成功した!! 讃え合う男たち。グランビルの脳裏にはこれまでの苦労が走馬灯のようにフラッシュバックする。奇跡の瞬間を体感した女性被験者はマグダラのマリアのように感動に震えている。NHKのドキュメンタリー番組『プロジェクトX 挑戦者たち』だったら、中島みゆきが歌う「ヘッドライト・テールライト」が流れる感動シーンだろう。

 本作のメガホンをとったのはターニャ・ウェクスター監督。女性監督らしく、お下品にならないよう寸止めでまとめています。電動バイブ開発ストーリーだけで終わらせず、主人公の恋愛エピソードを絡めることで人間ドラマへと潤色している点も見どころ。独身のグランビルの前に現われるのは2人の姉妹。グランビルが最初に出会うのは、妹のエミリー(フェリシティ・ジョーンズ)。絵に描いたような貞淑な女性で、女性医療の第一人者である父・ダリンプル医師(ジョナサン・プライス)を常に敬っている。若くて美人のエミリーに、グランビルはぞっこん。父の意向もあり、エミリーは将来有望なグランビルと婚約を交わす。喜びいっぱいのグランビルが遅れて知り合うのはエミリーの姉シャーロット(マギー・ギレンホール)。妹とは真逆の、じゃじゃ馬娘。父の反対を押し切って、社会福祉活動に熱中している変わり者。英国が繁栄を極めたビクトリア朝時代は、社会格差が大きく広がっていった時代でもあったのだ。父親に絶対服従するエミリーとは異なるシャーロットの自由奔放さに、グランビルは次第に魅了されていく。いかに多くの女性たちが本音を口に出せずに生きているのかを、ヒステリー治療を通してグランビルは目の当たりにしてきた。電動バイブは女性たちを抑圧された性から解放しただけでなく、古くさい女性観や権力志向にとらわれていたグランビル自身の固定観念さえ揉みほぐしていく。


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「電動ほこり払い機」を試作中のエドモント(ルパート・エヴェレット)。
世紀の発明は思いがけないところから生まれた。

 でもって、見逃しちゃいけないのがエンディングパート。グランビルの恋の行方を描いた後は、1988年にグランビルが特許を取った電動バイブレーターがどのように進化していったのか追っていく。20世紀になると婦人向け雑誌に「ポータブル・リラクゼーション」という名称で広告が次々と掲載されるようになる。“大人のおもちゃ”としてではなく、当時はあくまでも美容・健康促進を謳い文句に売られていたわけだ。かくして電動バイブレーターは多くの家庭へと普及していき、女性たちは病院に通わずに済むようになった。ヒステリーという概念も医学界からやがて消えていくことになる。

 バイブレーターにこんな歴史が秘められていたとは実に感慨深い。女性たちを潤してきた様々な名機がエンディングで紹介される中、1970年代に販売が始まり世界的な人気商品となった日立のハンディマッサージャーも登場する。“バイブレーター界のキャデラック”と呼ばれている一大ロングセラー商品だ。そういえば、これと同じタイプのヤツ、実家にも置いてあったなぁ。古い知人に思いがけない場所でばったり出くわしたようで、ちょっとシミジミしました。
(文=長野辰次)

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『ヒステリア』
監督/ターニャ・ウェクスラー 出演/ヒュー・ダンシーマギー・ギレンホールジョナサン・プライスフェリシティ・ジョーンズルパート・エヴェレットアシュレー・ジェンセンシェリダン・スミス 
配給/彩プロ PG-12 4月20日(土)よりヒューマントラストシネマ渋谷有楽町スバル座、シネマート新宿ほか全国順次公開 
(C)2010 Hysteria Films Limited, Arte France Cinema and By Alternative Pictures S.A.R.L.(C)LIAM DANIEL2(C)RICALD VAZ PALMA


個人の意見

>もともとヒステリーとは古代ギリシア時代に“さまよえる子宮”という意味で名付けられたもの。
>ヒステリーは女性にだけ見られる症状で、女性器と因果関係があると考えられてきた。
>中世ではヒステリー症状の女性は、魔女として迫害されていたそうだから恐ろしい。


 Pour Some Sugar On Me の入ったDef Leppard「Hysteria」を思い出しました。