WEDGE Infinity(ウェッジ)『炎上するニシキゴイ放流イベント、優雅な姿の裏に潜む“利権”』


7/3(月) 12:40配信 WEDGE Infinity(ウェッジ)

 日本文化の象徴、ニシキゴイ。見る人の目を楽しませようと、全国各地で放流が行われている。だがその安易な考えの放流は、生態系破壊や感染症蔓延など、不可逆の事態を招きかねない。

 富士川水系の一つ、荒川。山梨県甲府市を南北に貫く一級河川だ。その支流、貢川(くがわ)の堤防から水面を眺めると、色鮮やかなニシキゴイが優雅に泳ぐ姿が目についた。遊歩道に設けられた掲示板には、ニシキゴイを川に放つ小学生の写真。こののどかな場所が、ゴールデンウィーク中に起こったインターネット上の「炎上」の舞台となった。

 5月2日、NPO法人「未来の荒川をつくる会」が貢川に300匹のニシキゴイを放流した。地元の小学生53人がこのイベントに参加し、甲府市長や国会議員も立ち会った。山梨日日新聞など地元メディアも微笑ましいイベントとして好意的に報道した。同NPOが開催したニシキゴイの放流は今回で9回目だ。これまで通りであれば、ささやかな地方のイベントとしてお茶の間を和ませて終わっただろう。

 しかしこの後、山梨日日新聞電子版に記事が掲載されたことをきっかけに、ニシキゴイ放流の是非を問うインターネット上の書き込みが相次いだ。その多くは、ニシキゴイが環境に及ぼす悪影響を懸念するものだった。
炎上するニシキゴイ放流イベント、優雅な姿の裏に潜む“利権”

ニシキゴイ放流は論外だ」 専門家が口をそろえる理由

 ニシキゴイはコイを品種改良して生まれた観賞魚であり、そもそも自然環境には存在しない。

 コイそのものも大きな問題を孕(はら)んでいる。IUCN(国際自然保護連合)が定める「世界の侵略的外来種ワースト100」のうち、魚類は8種。そこにコイはブラックバスなどと並び指定されている。ユーラシア原産のコイは世界各地に広まっており、北米のミシシッピー川五大湖では中国産のコイが繁殖して生物多様性を脅かし、重大な問題になっている。オーストラリアではコイにより年間400億円の経済損失が発生しているとの報道もある。

 もちろん、日本の自然環境にとってもコイの危険性は他人事ではない。コイの生態に詳しい国立環境研究所の松崎慎一郎主任研究員は「コイは自然環境に甚大な影響を及ぼしかねない」と指摘する。

 一つは生態系への影響だ。コイは食欲旺盛で、在来魚の餌である貝類や水棲昆虫、水草の芽を食べる。また水底から餌を探す際に泥を巻き上げ、日光をさえぎってしまうため、池や沼では水草を枯らしてしまうことが松崎氏の実証実験で示唆されている。また成体になれば目立った天敵もおらず、長寿のため(一説には100年以上生きるとされる)、長期にわたって影響を及ぼす可能性が指摘されている。

 遺伝的撹乱(かくらん)の懸念もある。最近の研究によって、日本に生息するコイの多くがユーラシア原産の外来種、あるいは外来種と日本在来のコイの交雑個体であることが確実視されている。在来のコイは琵琶湖北部などで細々と生き残っているのみとされ、環境省レッドリストにも掲載されている。専門家によると「在来のコイは近々学名がつき、日本固有種になる」ようだ。一方、遺伝的にみれば、ニシキゴイは中国ルーツであるという。安易なニシキゴイの放流は、古来、日本に生息している残り少ない在来のコイの遺伝子を消滅させる可能性がある。

 最後に感染症蔓延(まんえん)の危険性だ。1990年代からコイのみが罹る致死性の感染症コイヘルペスウイルス(KHV)が世界各地で猛威を振るっており、日本でも甚大な被害が出ている。都道府県の条例などによってKHVに感染したコイの放流は禁止されているが、危険性はつきまとう。加えて「高密度の環境で養殖された魚がどのような病気を持っているかはわからない」(業界関係者)のが実態だ。

 冒頭の放流イベントが炎上したのは、こうした理由があったからだ。


山梨県の放流現場へ 口を固く閉ざす当事者たち

 貢川の堤防から川の中に目を凝らすと、黒いコイに混ざって泳ぐ数匹のニシキゴイが、泥を巻き上げながら水底をついばんでいた。十数人の地元住民に話を聞くと、口をそろえて「あまりニシキゴイを見たことはないですが、いたとしたら優雅できれいな感じはしますね」と語る。ニシキゴイの放流イベントはこうした「良い印象」を地元住民に与えるため、地元の盆踊りに顔を出すような感覚で、政治家は放流イベントにも参加するのだろう。

 しかしこれは本来の自然には存在しない光景だ。教育として小学生に放流をさせたことは、河川に親しみを持ってもらうというメリットはあるかもしれないが、本来の自然環境を誤認してしまうという意味ではデメリットは大きい。甲府市環境部の担当者は「法律には抵触していないが、今回の件を受けて考えないといけない。今後は適切に対処していきたい」と話す。

 では何故、NPO法人「未来の荒川をつくる会」はニシキゴイを放流したのか。事情を聴くため、NPOの代表と、放流に際してニシキゴイを提供したとされ、NPOの理事にも名を連ねるニシキゴイの販売業者の会長に再三取材を申し入れたが、NPOの代表は一切の音沙汰がなく、販売業者は「この件についての取材には応じられない」という返答であった。甲府市にある販売業者の店舗を直接訪ねて取材を申し込んだが「会長は現場に出ている」の一点張りで、残念ながら当事者から話を聞くことはできなかった。



 山梨県内の観賞魚関係者によると「ニシキゴイは模様などによって価格差があるためどうしても『ハジキ』と呼ばれる売れ残りが出る。これを処分すると、産業廃棄物のためお金がかかる。一般論だが、放流のために買い取ってくれるとなれば、お金を払うどころか収入になるので、業者としてはありがたいもの」と語る。

 今回、NPOに販売業者が無償提供したのか、NPOが有料で買い取ったのかは不明だが、維持管理だけで餌代など経費がかさむことを考えれば、少なくとも観賞魚業者にとって放流は悪い話ではなさそうだ。

 このようなニシキゴイや金魚といった観賞魚の川への放流は、岐阜県高山市大阪府泉佐野市など各地で行われており、珍しいことではない。泉佐野市では昨年、インターネット上で起こった「炎上」によって金魚の放流イベントが一時は中止になったにもかかわらず「30年近くの伝統がある」「下流にネットを張るなどの対策をした」としてすぐ再開された。放流すれば再び物議を醸すリスクをおしての再開からは、なかなか放流を止められない事情が垣間見える。

 昨年12月に神奈川県川崎市にある多摩川の支流・五反田川で行われた放流イベントでは、800匹のニシキゴイが放流された。ニシキゴイを無償提供したNPO法人「おさかなポスト」の山崎充哲代表が取材に応じてくれた。

 「ニシキゴイ放流がベストの選択肢とは思っていないが、ニシキゴイ放流によって住民や行政が川に関心を持ってくれる。それが環境改善につながる。放しているのはニシキゴイの幼魚で、すぐにカワウやサギなどの天敵に食べられてしまうため生き残れない。また、今回放流した川は堰(せき)で区切られているため、多摩川ニシキゴイが流れ着くことはほぼあり得ない。そもそも多摩川は高度経済成長期に一度死の川になったため、本来の生態系は破壊されている。ただ、今年はニシキゴイを放流する予定はない」と説明する。

 なお、山崎氏は『タマゾン川』の著者として知られ、多摩川外来種問題についてかねて警鐘を鳴らしており、飼い主が飼いきれなくなった観賞魚を引き取る「おさかなポスト」を創設、自費で運営している人物だ。山崎氏ほど考えずに放流している例も全国には数多くあるだろう。

 湖沼と異なり、河川での調査は難しくニシキゴイの放流が川の生態系に悪影響を与えるという確たるエビデンスはない。だが放流するのであれば少なくとも「たぶん大丈夫だろう」ではなく、科学的な知見を基に行うべきだろう。「予防原則」の下、生態系に影響がないことを確認してから放流を行うべきではないだろうか。

感染症をまき散らしたアユ放流 まるで効果が出ないヒラメ放流

 ニシキゴイや金魚のような美観目的の放流に限らず、漁獲量向上を狙った放流についても効果を疑問視する意見は根強い。

 アユは放流のリスクが表面化した好例だ。川や湖などの内水面では、漁業法により「獲ったら増やす」の増殖義務が漁協に課せられている。義務履行の手段として大部分を占めるのが放流だ。釣り人から徴収するアユの遊漁料が経営の柱という内水面漁協も多く、琵琶湖産のアユが友釣りに適しているとして人気を集め、戦前からこぞって全国の川に放流されてきた。しかし90年代に入ると、アユの漁獲量が激減した。サケ由来の致死性の感染症・冷水病が湖産アユに伝染、放流によって全国に拡散したのが原因とされる。さらにある業界関係者は「冷水病のパンデミックは90年代からだが、むしろよくここまで何事もなかったなという印象。エドワジエラ・イクタルリ症など、第二の冷水病になりうる病気はアユで確認されている」と警鐘を鳴らす。

 またアユは回遊魚であり、川で卵からかえり、稚魚の間を海岸近くの海で過ごした後、遡上する。しかしアユの生態に詳しい長崎大学の井口恵一朗教授は「湖産アユは琵琶湖の淡水環境に適応した『陸封アユ』であり、在来アユと比べると海水への耐性で著しく劣る。湖産アユ同士の仔はもちろん、湖産と在来の交雑個体も海水環境では多くが死んでしまうと予想される。少なくとも海から遡上してきた個体に湖産の特徴は現段階で見出されていない」と指摘する。

 この反省から、最近では川のアユを卵から育てた人工アユ種苗が放流量の過半を占めている。しかし養殖場で育った“温室育ち”の人工アユ種苗はカワウなどの捕食者を天敵と認識できず、野生では生き延びられないとされる。井口教授は「湖産アユ放流も人工アユ種苗放流も、再生産に資する増殖効果はほとんどなく、放流でアユを再生産することは期待できない。産卵場や魚道の整備によって天然アユを増やすのも、やり方によっては増殖義務の履行になる。そちらの方が良いのではないか」と語る。

 海への放流で最も大きな割合を占めるのがヒラメだ。2015年現在で放流量の3割を占める。しかしこの放流も、ヒラメの再生産に寄与しているかは疑問符がつく。1999年をピークに放流量は右肩下がりであり、2015年にはピーク時の半分以下になったが、それ以後も漁獲量は6000トンから8000トンの周辺で増減を繰り返しながら横ばいに推移している。

 一方、震災でヒラメの種苗生産施設が被災し、放流量・漁船数が共に激減した宮城県では、11年の漁獲量288トンに対して12年は197トンと減少したものの、13年は987トン、15年には1644トンと急増している。自然に任せることが何よりの漁獲量向上につながる方策のようだ。


前途多難の法規制 生態系を守るためには

 話をニシキゴイに戻すと、ニシキゴイの放流を規制する法律はない。では全国各地で行われている放流を防ぐ手段はあるのだろうか。

 放流を規制できるのはブラックバスなどが指定されている外来生物法のみだが、運搬や飼育なども禁止されてしまうため、産業として成立しているニシキゴイを同法の対象にするのは実質的には不可能だ。そうなると、都道府県レベルでの条例や漁業調整規則、内水面漁場管理委員会指示での放流規制が最も現実的である。

 しかしこれを実現できている自治体は存在しない。ブラックバスキャッチアンドリリース禁止など生物多様性保護では先進的と専門家から言われている滋賀県でも同様だ。愛知県では10年、既存の条例に盛り込む形で外来種の放流禁止を規定したが、指定対象選定の際にコイを加えるかどうかが議論になった。だが「コイ放流に歴史と文化がある」「広くなじまれている」など愛着を理由に指定を見送った。

 またこの条例の場合、たとえコイが指定されていたとしても罰則はない。では罰則つきの条例で放流を規制すればいいのかというと、そう単純でもないようだ。指定対象選定の際に委員として参加した名城大学・谷口義則准教授は「日本は野生動物関連や動物愛護関連の法律における法的執行力が弱すぎる。現行犯でない限り魚の放流嫌疑での逮捕は難しい」と指摘する。

 法規制と併せて生物多様性の教育を進める必要もある。博物館や水族館の教育機能を充実させるべきという意見もある。学校の教員の指導だけでは専門知識不足ということもあり、どうしても限界がある。

 7月15日には日本魚類学会がニシキゴイや金魚など人工改良品種の野外放流に関するシンポジウムを開催するなど、専門家の間でも危機感が高まりつつあるようだ。

 一度人の手で壊した自然を復元するのは至難の業だ。川のような身近な環境にも複雑な生態系が構築されていることを認識し、安易な放流はやめるべきであろう。

木寅雄斗 (Wedge編集部)

個人の意見

 『シルバーカープ』を鯉(コイ)って訳す、無知もいます。



 レン公ですよね。
The Worst Fish in America: Asian Carpocalypse


これがコイ。